薪ストーブクロニクル

食とエネルギーの自給を目指して

薪ストーブ前史31 フィスカースX25 vs 巨大玉(直径50㎝)

でかすぎる玉と朽ち果てた玉。どちらを選ぶか、悩んだ末に「でかすぎる玉」をチョイスして、薪場まで運び入れた。いや、運び入れたというより、転がし入れた、というべきかな。重すぎて運べなかったので、車からゴロンと落として、そのままギャートルズの石のお金のようにゴロゴロ転がしていった。

せっかくなので、過去最大の玉の大きさを測ってみると、きっちり直径50㎝だった。

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重すぎて薪割り台まで持ち上げられない、というか持上げる気にならないので、地べたで薪割り。斧のことを考えるとあんまり地べた割りはしない方がいいが、この場合は仕方がない。

 

とりあえず、無理とは思いつつも、ど真ん中を一撃。ぽよーん、と跳ね返された。全く手応えなし。いままでは、ここで真ん中を割る事にこだわって楔を登場させていたのだが、右肩を手痛く負傷してからは楔恐怖症になってしまい、別の方法を考えることにした。

まず、一番に思いつくのはチェーンソーで縦切りだ。しかし、木屑が出まくるうえに、すごく安定が悪くて危険なので、これは避けたい。

もうひとつ思いつくのは、もっと強力な斧を調達することだ。お気に入りの斧、フィスカースから最終兵器みたいに呼ばれているIsoCoreハンマー斧がそれだ。まあ、いつか使ってみたいが、現状ではここにない。

仕方ないのでフィスカースのX25でなんとか割る方法を考える。この玉の弱いところはないのか?

 

色々な場所に振り下ろす。跳ね返らずに斧が刺さる場所は脈がある。そこを執拗に打ち付けると、とりあえず小さく割れた。

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 さらに別の場所を探す。またヒット!
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そんな風に、端から少しずつ切り崩していくと、節がひどくなければどんな玉でも割れる気がする。真ん中ではなく端を攻める。「端(橋)ではなく真ん中を渡ればいいんですよ~」とトンチをきかせた一休さんの逆をいくわけだ。

 

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 うりゃ。
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とりゃ。

 

ここまで割れば、もうだいぶ弱ってきているだろう。とどめの一撃を振り下ろす。

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はい真っ二つ。

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見事にバラバラにできました。

 

あとはこれを薪の形に整えて積むだけ。

春ともなれば、薪割りはもう暑くて仕方ない。

割り終えたときにはTシャツ一枚になっていた。

薪ストーブ前史30 でかすぎる玉か、朽ち果てた玉か

例の木材置き場(捨て場?)に、あまりにも大きすぎて手をつけられなかった木がいくつかあった。あまりにもでかい上に表面は長年雨ざらしで放置されたため黒々と変色し、物によっては土がべったりこびりついて取ろうとしてもとれないし、キノコがびっしり生えているものも散見する。薪ストーブ前史23 極太乾燥玉を運ぶ - 薪ストーブクロニクル

 

しかし、比較的運びやすいものはあらかた運んでしまい、あとは持ち上げられないくらい重い玉と、あまりにも朽ち果てた玉が残っていた。

究極の選択だ。しかし、まあ大きいだけなら、チェーンソーでカットすればなんとかなるんじゃないかと思い、切ってみた。

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一応カットできた。しかしこれ、でかいよね。でかすぎる。チェーンソーのバーが35㎝なので、直径50㎝超えの大物だ。右側の玉なんて、楕円形だけど長い方の径は70㎝ぐらいあるんじゃなかろうか?チェーンソーがおもちゃみたいに見えるぜ。

とりあえず長さ30㎝前後に切って、表面の汚いところは熟成肉みたいにトリミングして持って帰ることにした。

ところが、これが重いのなんの。車の荷台まで上がらねーー(汗)。

大体の体積から重さをざっと計算すると、約45~50キロ。うーん、大人の男が持てない重さじゃないのかもしれないけど、でも日常生活で持つ荷物の重さじゃないぞ。仕事で米袋を運ぶときでさえ、今は30kgの袋に入れて出荷するのが基本だ。まあ、でも持ち上げて、下に敷いた毛布を引きずりながら荷台に収めた。
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 でかいねー。これ、本当に割れるんだろうか‥‥

 

追記。

このサイズの巨木でもバーサイズ35㎝のチェーンソーで切れる事が分かったのは嬉しい。僕のチェーンソーはシングウという国産メーカーなので、スチールやハスクバーナを使っている人を見るとちょっと羨ましく思うけれど、国産チェーンソーでも充分事が足りてる。

チェーンソーについてはまたいつか別の機会に詳しく書きたいと思っている。

夏野菜の種が芽吹いた件

少し前に夏野菜の種まきをした。夏野菜の播種①(トマト、ナス、万願寺) - 薪ストーブクロニクル

そのとき、トマト三種類と万願寺、そして青なすというのを播種したのだが、11日目にしてその種の最初のひとつが芽吹いた。

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分かるだろうか。もうちょっと拡大すると、
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こんな感じ。芽吹いた芽の右にはもうすぐ頭を起こす次の芽が準備をしているのも見える。こいつは三種類蒔いたうちの一番大玉になるトマトの芽だ。

こんなか細い芽がいつかどっしりとした苗になり、実をつける日が来るのかどうか、楽しみに育てたいと思う。

ちなみに他の種たちはまだ沈黙を保ったままだ。

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桜も咲いて暖かい日が続いてるので、後に続いて芽を出すかもしれない。

生麹で麦味噌を作る

生の麦麹(こうじ)を1.5kgほどいただいた。米麹はどこででも手に入るが生の麦麹はちょっと珍しい。せっかくなので麦味噌を作る事にした。

味噌作りは、自給的暮らしの基本だ。味噌が作れれば、その発酵液(たまり)を醤油がわりにも利用できるし、様々な料理を自家製の調味料で作ることもできる。麹を手作りするのはハードルが高いが、麹が手に入ったら味噌作りに挑戦してみてほしい。

 

材料は麦麹1.5kg、乾燥大豆1kg、塩600g

これだけだ。これだけでほんのり甘い麦味噌ができる。たぶん、6kgぐらいの味噌になるはずだ。完成は10か月後だから、来年の2月頃か。完成まで時間がたっぷり必要なところなどは薪作りによく似ていると思う。

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まずは大豆を圧力鍋で柔らかくする。1kgの大豆だと、家庭用の圧力鍋なら2回に分けなくてはいけない。これが結構時間がかかるのだ。柔らかく煮て、熱いうちに潰す。

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冷めたら潰しにくいので、スピードが肝心だ。大豆を潰しそこねたとしても、豆の姿のまま味噌になるだけだから、少しぐらい潰れずに残っていても大丈夫だ。あまり神経質にならずに潰そう。

平行して麹にとりかかる。これが生の麦麹。
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米麹ほどしっとりしていない。あらかじめ麹と塩を混ぜておく。
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そして潰した大豆が人肌まで冷めるのを待って、大豆、麹、塩を混ぜていく。
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全部混ぜたらこんな感じになる。
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あとはカメに入れていけば完成だ。なんの事はない。味噌作りなんて、それほど複雑なものではないのだ。ただ、慌てて仕込むと失敗しやすいので、気持ちに余裕があるときに仕込むように心がけよう。丁寧に仕込めば、失敗はほとんどない。
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 最後に清めの塩をする。

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あらかじめ切って消毒しておいた、竹の皮で覆って、
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重石をして完成!

あとは来年になるまで、夏場そこそこ暑くなる冷暗所で保管するだけだ。 

薪割りとともに2ヶ月

ブログを始めてから2ヶ月が経過した。

一応、毎日更新することを自分に課して、空いた時間を利用してちょこちょこ書いてきたが、はじめのうちは、いつネタが切れるか、そればかり心配していた。それで記事の内容をぶつ切りにして、連載っぽく書いたり、どうでもいい内容でお茶を濁したり(それは今もやっているが)。

しかし、最近はなんとなく書けるようになってきた。とにかく週末はひたすら薪割りしたり、木を集めたり、そんなことをして過ごしていたので、それに付随する色んなことをとりあえず書いてきたが、そもそもこのブログはどういう意図を持って始めたのか?ということを書いてみる。

 

現代社会は働きすぎなんじゃないか

 

そんな疑問が出発点だ。もちろん「勤勉がダメだ」なんて安易なことを言うつもりはない。真面目に働くことはすごく素晴らしいことだ。ただ、みんな賃金労働ばっかりし過ぎなんじゃないのか、と思ったわけだ。もちろん主婦が子育てや家事をするのは、賃金労働ではない。ただ、それだけじゃなくて、生業(なりわい)と呼べるような、生きることに直結する仕事を私たちはほとんどしなくなったんじゃないか、と。

薪ストーブに引き寄せて書けば、薪割りが分かりやすい。薪を割って自分が使うエネルギーを作り出す、これはまさしく生業だ。木を切り出して薪にして乾燥させないと、熱い風呂に入ったり、煮炊きができないからだ。もちろん言うまでもなく暖房も。

そして自分で食糧を作ることもしなくなった。野菜や米を自給できている人なんてほとんどいなくなってしまった。

着る服だって、昔は自分で作っていたのに、最近縫い針に糸を通したことがある人なんてどれだけいるだろう?

その代わりにみんな、金を稼ぐ。

金を稼いで、灯油を買って、スーパーで食品を買って、ユニクロで服を買う。

それがダメだと思わない。でも、自分はもっと生きる力、自分で作り出す力をつけて暮らしたいと思った。その一番身近にあったのが、薪ストーブであり農業だった。

このブログで、薪ストーブ暮らしと、農業生活を綴りながら、最終的には食とエネルギーを完全に自給することを目指してみる。そしてそのためにもうひとつ欠かせないのが、人間関係の自給だ。全ての事を自分で背負うのではなく、色んな人との金を介さない付き合いを通じて助け合い、補完しあえば、自分で全て作らなくても、生きていける。

 

ビル・トッテンという人が言っている。「週休4日、給料6割の暮らし」が、おすすめだと。悪くない。生業を作っていくのに最も大切なことは、時間を作り出すことだからだ。給料が半分に減っても幸せに暮らせるはずだ、という確信のもと、もうすぐ出勤日数を週3~4日に減らしてみる。

そして作った時間を、生きることに充填するのだ。

これからその生活が始まる。薪割りはほんの序章に過ぎない。

 

村上春樹氏が奇しくも書いている。お金で買える最も素晴らしいものは時間と自由である、と。

その分なら、お金を稼ぐ代わりに自由な時間を持つことは、本質的にはお金で時間と自由を買っていることになるのではないだろうか?

何も、大金持ちだけがお金で時間と自由を買えるのではないだろう。

 

これはミヒャエルエンデのモモという物語にも通じることだが、長くなってきたので、エンデについてはまた別の機会に譲るとしよう。

 

四月。ちょうど桜が満開だった。
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賃金労働を減らして時間と自由を手にした僕たちに、これからどんな未来が待っているだろうか。

乞うご期待!

薪ストーブ前史29 どんころ用の薪棚

チェーンソーなどで薪作りをすると、半端な長さのものが出たり、薪割り中に節が複雑に絡んでどうしても割れないものが時々出てくる。もちろん楔を駆使したり、チェーンソーで縦切りすれば、全て薪にできるのだが、楔を使うと身体を痛めたりするし、 恐い楔(くさび) - 薪ストーブクロニクルチェーンソーでいちいち縦割りするのはめんどくさい。しかも縦切りする場合、安定が悪くて結構危ない目にあったりするので馴れない人はあまりしない方がいいと思う。

で、どうするか?「どんころ薪」として乾燥させ、遊びもかねて焚けばいいんじゃないかと思っている。どんころとは、事情により本来の細長い薪の姿になれなかったちょっと不遇な薪であり、本来であればもっと労られてもいいはずなのだが、積みにくくて管理がしにくいため、忌み嫌われている。かわいそうだ。

しかし、個人的には、結構いいやつなんだと思っている。割りづらいどんころは、かなり大きいままの姿をしていることが多く、ストーブ内でかなり長く燃えてくれるらしい。しかもどんころの形に応じて炎の形も 様々に変化するので見ていて楽しいのだそうだ。

 

というわけで、どんころ専用の棚を作ってみた。

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とりあえずここに適当に積み上げておいて、2、3年ほったらかしにしておこう。いつか役に立つ日がくるだろう。

薪ストーブ前史28 薪場の変遷、そして猿からヒトへ

薪を割って積み上げている薪場。

 

そこに栗を積んだり、桜を積んだり、キノコの生えた黒い薪を積んだり、極太乾燥玉を極小サイズに割ったりしたものをどんどん積んでいった。ブログのトップ画面に写っているのがそこである。

 

薪が積み上がっている光景を眺めるのは、実に心癒される。いつまで見ていても飽きない。そんなこと、実際に体験してみるまで予想もつかなかった。ただの割った木のはずなのに、それが積み上がった光景を見ていて、名状しがたい安心感というか充実感というか、そんな感情に満たされている自分に気付いて、笑ってしまった。

そんな自己満足、ニヤニヤでムフムフな薪場の変遷をご覧にいれよう。

はっきり言って、薪割り一年生、まだまだ、薪の量は全然少ない。それでも、初期衝動のようなものは感じていただけるのではなかろうか。

 

まず最初の薪割りの頃はこんな感じだった。

2016年の11月だ

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 まだ薪は全然ない。適当に集めてきた雑木と庭に生えていた樹齢30年の栗の木の玉。そんなものが少し並べてあるだけだ。

 

それが、栗を割りはじめたり、針葉樹をもらったりしてこうなった。

2016年の12月

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 まだ栗の木も全部割り終わっていない。そして針葉樹は運び込んだままの状態だ。

 

1月はあまり記録が残っていないが、ガンガンに割り出した2月以降は、細かく定点観測をしていた。まず、栗の木を全て割り終えた。

そして、2立米ほどあった桜の木を割ってボリュームが出てくる。

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これが2月頭。ブログのトップ画面の画像です。左のほんのり赤みがかった薪が桜だ。前後ろ2列に並べたので、見えている量の倍近くある。

 

そしてそれが雪に埋もれ、
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キノコの黒い薪(右側の薪)を貰い、
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極太乾燥玉を割り始め、けやきを貰い、
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けやきを割ったり、
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さらにどんどん割りまくった結果、ここまで薪場が成長した。f:id:akagestoves:20170320213307j:image 

 

いやー感無量。

 

その後、栗薪とけやき薪は別のところに作った薪棚に移したため、現在は上の画像の状態より若干薪の量は減っている。

こんな感じ↓。
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栗薪が置かれていたど真ん中のスペースがぽっかり空いているのが分かるだろうか。そこに屋根ギリギリまでの高さの縦長の薪棚を作る計画だ。

夏野菜の準備の合間を見て、暖かい春夏のうちに手をつけたいと考えている。

 

薪を割って、ひととおり積み終わって、ぼんやり薪場に目をやる。薪のある風景を、陽が暮れるまで飽きることなく眺める。

これは、人間が猿から進化して二足歩行を始めた時から連綿と行ってきたことなんだろか、などとつまらないことを考えながら・・・。