コナン・ドイル『四つのサイン』を読んで~まさかあのシャーロック・ホームズが?~薪ストーブ的読書のすすめ①
寒く、そして陽も短くなってきた。
あの暑かった夏のように、夜7時まで外で活動をする、なんていうことはもはやできない相談だ。
雨降りのときも、外仕事なんて無理無理。
そんなときはスマートフォンの電源を落として読書をしよう。
ときどき、薪ストーブの炎をながめ、また頁に目を戻す。
おもしろい本なんて、それこそ莫大に存在する。
ちょっと趣向を変えて、今回は最近読んだ面白かった本を紹介してみる。
紹介するのはコナン・ドイルが書いた『四つのサイン』だ。旧訳では『四つの署名』というタイトルになっていたが、新訳版で、タイトルがサイン、に変更になっている。
『四つのサイン』は、言わずと知れた、シャーロック・ホームズシリーズの長編小説だ。
なんだ、そんなメジャーな作品を今更なんで、と思われる向きもあるかもしれない。
蛇足ながら説明すると、この『四つのサイン』はシャーロック・ホームズシリーズの第2作目にあたり、ホームズとワトソンが出会ってまだ日が浅いという設定のもと、後世の読者の期待を裏切る、あっと驚く仕掛けがぞくぞく登場するかなりキラーな作品に仕上がっているのだ。
昔、一度読んだことがあるはずなのだが、あれ、こんな話だったっけ、と意外に思う展開だった。
どんな点が驚きか。
まず、冒頭が凄い。
かの高名な シャーロック・ホームズ先生が、どろんとした目をして皮下注射器を取り出して、腕に一発注射器をぶっ刺す所から物語が始まる。
ワトソンがやれやれ、という感じで驚きの質問を繰り出す。
「ホームズ、今日はどっちだ?モルヒネ、それともコカイン?」
ホームズは躊躇わずに答える。
「コカインさ。7%の溶液だ。」
いやいやいや。
ホームズがのっけからコカインにうつつを抜かしているなんて、いくらなんでもブラックすぎる展開だ。しかも、注射器で摂取しているなんて、ブラジルの安宿にたむろするアウトローなバックパッカーたちも真っ青だ。
しかも真面目で有名なワトソンに
「君もやってみないか?」
などと勧めている。
まあ、これは事件とは直接関係がなくて、事件がなくて暇で暇で死にそうだ、というホームズの倦怠感を表すためのコナン・ドイルの演出なのだが、ワクワクしながら読み始めた読者にいい意味で冷や水を浴びせかけ、ダークな世界に誘ってくれる。
しかも、この『四つのサイン』では、ワトソンさんの色恋沙汰まで描かれたり、インド洋の真珠と呼ばれる美しいアンダマン諸島が舞台になったり、とグイグイ読者を引き込んでくる。
ホームズが引用するゲーテの言葉
「人は自分の理解できないものごとをあざけるものだ」
という捨て台詞もググッとくる。
ゲーテに対するホームズの信奉は、さながら故水木しげる先生のようだ。
そしてこの小説の極めつけ、ハイライトが、犯人が事件の背景を語る際に登場する実在の事件、「セポイの反乱」のシーンだ。
高校で世界史を学んだ人なら名前だけは間違いなく覚えているセポイの反乱。
この名前だけ、という所がポイントだ。
「カノッサの屈辱」も同じような感じだが、事件名だけ知っているこのインドで起きたセポイの反乱に、突然登場人物の白人が突然放り込まれる。
セポイというのはイギリスの東インド会社が最新鋭の装備をさせたインド人の傭兵のことで、その傭兵たちが裏切ってインド全土を大混乱に陥れる、というものだ(とうことをこの本を読んで初めてリアルに知った)。
大きな顔をしていたインドにいる白人たちが突然屈強なセポイたちに殺されていく、というえげつない大反乱の展開と、ホームズが解決したその事件がふとしたことでガッチリと出会う。
笑ってしまうくらい引き込まれてしまった。
世界史上に起きた、ほとんど内容を知らずに事件名だけ入試に出るから丸暗記したような数々の事件の中身は、実際には、多くの名もなき人たちの不幸な死や、悲しみや、やりきれなさや、そんな多くの感情が積み重なっている。
丸暗記では全く意味をなさない記号のような「セポイの反乱」という言葉の裏にある大事件をリアルに体験できたことは、大きな読書的収穫だった。
過去の話に限らず、現代でも、伝わっているようで、実はリアルに体感できない事件がものすごく多い。
先日のラスベガスの銃乱射事件にしても、その場で起きたであろうリアルな恐怖を感じることはできない。世界は繋がっているようで、繋がっていない。
なんとなく色んなことを考えさせられた読書体験だった。
ちなみに、コカインでヘロヘロになっていた我らがジャンキー、ホームズ先生は、事件が起こるやいなや、(コカインが効いてきたのか)急にシャキッとして、その後数日間ほとんど不眠不休で名推理を繰り出し、事件を鮮やかに解決して見せたのでしたとさ(笑)。