僕はきこりになった 第4話『入社初日の出来事②』
~前回までのあらすじ
従業員が熊に教われた林業会社に就職することになった「僕」。入社初日に地下足袋やヘルメット、のこぎりと鉈を手渡されて、それらを身に付けている時に、出勤してきた、いかにも大ベテランという風格の先輩に声をかけられた、というところから~
ミスターTは、その風貌から大ベテランの風格を漂わせているように思ったが、実はまだ入社3年目のピチピチの研修生だった。
なんのこっちゃ。
紛らわしい風貌をせんでくれ(笑)。
「あー日曜日にかったるいなー、今日は何の作業やりますの?」
ミスターTは親方にだるそうに話しかけた。
この人はどうやら何をするにもだるそうに行わないと気が済まないタイプらしい。
親方の説明によると、今日は事務所の近くの雑木を何本か伐るという仕事らしい。
他にあと二人の従業員も加わって、総勢5人で現場に向かった。
住宅のすぐ裏に太い雑木が生えていて、それを伐採してほしい、という依頼のようだ。
僕にとっての初仕事。
太い雑木の伐採。
と、文字では簡単に書けてしまうが、「太い雑木」の太さと生え方が問題である。
この太い雑木。樹種は榎(えのき)で、胸高の直径はおよそ70センチ。住宅のすぐ裏に生えていて、重心が住宅側に傾いている。
高さはおよそ30メートル。
経験を積んだいまなら、この条件の「太い雑木」が超ウルトラC難度の伐採になるということがすぐに分かる。
しかし当時はなんと言っても林業経験ゼロ日のスーパー素人。難しい伐採も簡単な伐採も分かるはずがない。
というわけで、当日どのような段取りで伐採が行われるのか、全く分からないで、言われるがままに作業を手伝っていただけのその経緯を書いてみる。
まず、現場に着くと、本当にベテランの先輩がボウガンを使って榎の木の高い所に生えている枝にロープをかけはじめた。
なんと、林業というのはボウガンまで使うのか。
ボウガンと言えば、ゾンビドラマのウォーキングデッドシリーズでダリルの使っている武器というイメージしかないぞ(笑)。
興味津々ではあったが、しかし僕はぼんやりとその作業を見守ることは許されず、ミスターTやもう一人の経験の浅そうな先輩と三人でワイヤー運びをすることになった。
直径1センチを超える、ものすごく太いワイヤーの束を抱えて、斜面を上がる。
何度かワイヤー運びを繰り返す。
筋肉の付いていない薄い肩にワイヤーの束が食い込む。
これは尋常じゃない重労働だ。
しかしワイヤーの束はまだ序の口だった。
「次は3トンチルを運ぶよ」
との先輩の指示で指差されたのは、銀色のいびつな形をした鉄の塊のような物体。
↑これがその3トンチル
後で分かるのだが、これはチルホールと呼ばれる、牽引具のようなものだ。人力のウインチとでも言おうか。
まあその時はそんなことは知るよしもない。とりあえず、わけが分からないまま、その3トンチルと呼ばれた鉄の塊を運んでみる。
ありがたいことに手で持ちやすいようにハンドルがついている……?
と持ち上げようとしたが、信じられない重さに面食らう。
これは本当に人が運ぶ想定の道具なのか?
どうやら重量が30キロ弱あるらしい。
それを足元の悪い斜面を登っていって、はるか上の木の根本に設置するらしい。
泣きそうになりながら運ぶというより引きずり上がる。
ちらっと横を見ると、もう一人の先輩も同じように赤い顔をして運んでいる。
その様子をミスターTがニヤニヤしながら見ていた。
なるほど。
これは通過儀礼なんだな、と思った。
こういう世界で新参者が必ず通る雑務、雑用というやつだ。
そういう事なら、やるしかない。
何度も休憩しながら斜面を登り、その「3トンチル」というやつを杉の木の根本まで運び終えた。
そこからも、わけも分からず、言われるがままにワイヤーを引いていったり、道具を運んだり、遠くの作業員に伝言したり。
気がつくと、ボウガンを使っていた先輩は、伐採予定の榎の巨木のかなり上の枝に昇っていた。
そこにワイヤーを取り付けて、3トンチルという牽引具で引いて、重心を移動させて伐採させるということらしい。
ワイヤーを取り付けて、ようやく伐採する段取りが整った、と思ったら、もうお昼になっていた。
結局午前中は、一本の木も伐ることなく、準備だけで終了。
たった半日で心身ともに慣れない作業で疲弊しまくっていた。
これだけ疲れたのに、まだ半日しか経ってないのか……
恐るべし、林業の世界。
<つづく>
おまけ
今週の一枚
養蜂6年目にして、ついに我が家の巣箱に、ニホンミツバチが入居してくれた。
せっせと働く蜜蜂たちのなんと可愛いことか。
この子達をしっかり飼育するのが、当面の最大の楽しみになりそうだ。