薪ストーブクロニクル

食とエネルギーの自給を目指して

食とエネルギーの自給を目指して

あけましておめでとうございます。

2018年もあっさりと始まりました。

今年もボチボチと更新していこうと思っているので、気長なお付き合いをよろしくお願いします。

 

さて、今年も正月からガンガンに薪ストーブを焚いて、ぬくぬくと過ごしている。

新年が始まったのを期に、今一度このブログのコンセプトと言うか、僕が目指す、薪ストーブのある暮らしの方向性を書いておきたい。

 

まず、このブログのテーマは「食とエネルギーの自給を目指す」である。

「自給する」ではなく「自給を目指す」というところがミソだ。

食もエネルギーも誰かや何かから完全に自立して自力で調達する、というのはさすがに難しすぎると思う。

そうじゃなくて、今自分がすべきだと信じる生き方をしてみる、そのなかで自分が変わっていく。その生き方を簡単に表現すると「食とエネルギーの自給を目指す」ということになるのだ。

そこにはなるべくお金を介在させない。お金を補助的なものとして、もしくは物々交換的にバーターにすることによって、お金を度外視した人間関係を構築していく。

昔の村社会は、リアルな互助社会だった。そこに歴然と存在した煩わしい人間関係を、今はお金で買っているわけだ。それ自体は、悪いことじゃないかもしれない。

でも度が過ぎてきて、どちらかというと豊かと言うよりグロテスクな暮らしだ。不自然なほど便利で、便利すぎて気持ち悪い。

そして、便利なだけでなくて、すごくつまらない暮らしだ(と僕は感じてしまう)。

本音を言えば江戸時代ぐらいに戻る方が、大胆で楽しそうだが、そこまでいかなくても、バランスを取る必要があるんじゃないかと思う。いきすぎたぐらい便利で、不自然な暮らしに。

だから、まず、働き方を変えた。実質週3日ほどしか賃金労働をしていない。収入が減れば、その分自分の頭と身体を使って、それを補えばいい。村の人たちとの人間関係だって、自分に時間があれば煩わしいというより、むしろ楽しくなる。収入がすくないなら、できる範囲で色んなものを自給していけばいい。

もちろん、それでも自分で作れないものはお金が必要だ。それでいいと思う。それが「自給を目指す」という、ちょっとユルいテーマの真髄だ。

肝心なのは、自分が最高に楽しめる状況、楽しみながらチャレンジできる状況だ。

だから、薪は頭と身体と人間関係を最大限に活用して、お金を使わずに全て調達することを自分に課している。

集められるかどうか、まだ分からない。しかし、こんなにリアルに生きる実感が湧いていることに驚いてる。まさしくニーチェの言った通り、「これが生きるということ」なのだ。

もちろん、薪にお金を払うなんておかしい、とか、絶対に薪はタダで手にいれるべきだ、とかそういうことが言いたいのではない。

薪ストーブの普及のために、薪を価値あるものとして売買できる、というのはとても大事な事だし、それぞれ置かれた環境も個々の状況も違うので、薪をどうやって調達するかは全くの自由だ(当たり前ですね)。

ただ、僕たちは薪を、お金を介在させずに手に入れることをルールとして、それを楽しんでいるだけだ。

 

食の自給はもっと難しい。野菜は薪のように蓄えておくことが難しく、また、路地栽培では栽培期間に制約が多い。

だから、無理せずに、できることからぼちぼちやっていこう。

 

それにしても、2018年も全く楽観視できない。

お金の力によってマスメディアは都合よくねじ曲げられ、時の権力者への迎合もあり、そして我々一般市民自体があまりにも色んなことに対して思考停止してしまっているために、出来合いの価値観と生き方に絡めとられて、身動きもできず、かなり危ない方へと転がり落ちているように感じる。今年、何か重大な事が起きても、全く不思議ではない。

それは気候変動一つとってもそうだし、国際政治は言わずもがなだし、国内でもろくでもないことになっている。例えば、自然災害による世界的な食料の不作と政治的な混乱が重なれば、いともたやすく不測の事態が起きるだろう。

 

ただ、現実は変えられないから、みんな思考停止して、難局を乗りきろうとしているように見える。それは乗りきっているのではなく、先送りしているだけなのだが。

もちろん、偉そうなことを言っても僕には現実を変える力はない。

ただ、自分が正しいと思うことをするだけだ。

 

不便だけど素晴らしい物の代名詞、とも言える薪ストーブ。

こんなに奥深くてシンプルで、苦労が多くてその苦労が報われて、楽しい上に世の中を変える可能性を持ったガジェットは、そうそうあるものではない。

色んなやり方で、色んな人たちが、その魅力を発信している。僕もその末端の端の端の方で、ささやかに自分なりの方法で、その魅力を発信していきたい。

その素敵な不便さが、恐ろしく不安定なこの社会のバランスをとり、少しでも世の中をよき方向へ導くことができるように願ってやまない。

このブログを通して、すこしでもそんな思いに共感してくれる人が増えてくれると嬉しい。

僕のような、なんの取り柄もない、政府公認の資格(運転免許以外)もなければ、特殊技能もなく、体力もない、ただの男でもやりたい放題しながら、楽しく暮らせる、ということを伝えられたら、と思う。

 

さて、明日からしばらく、冬季休暇、というか、ブログは9月から12月までの記事の総集編をお送りする。

そして管理人は、正月休みを堪能する。

 

あしからず。