薪ストーブクロニクル

食とエネルギーの自給を目指して

春野菜の恩恵

苺は果物だろうか?

 

実はカテゴリー的には野菜に含まれる。

木に実るものは果物。

土にできるものは野菜。

一応そんな風にカテゴライズされるらしい。

 

その理屈でいけば、スイカは野菜で、アボカドは果物だ。

 

まあ、それはともかく・・・

うちの苺が少しずつ色づいてきた。
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数日前はこんな感じだった。

あと一歩。

 

しかし昨日、仕事終わりの夕方、畑をパトロールしていると、なんともう赤く色付いているものがあった。

慌てて収穫したので畑での写真はないのだが、そのとき一緒に日野菜とスナップえんどうも採った。

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赤、緑、紫

 

春の野菜もなかなか美しい色合いだ。

 

苺は絵に書いたように甘酸っぱくて瑞々しい味。

スナップえんどうは感動的なまでに甘い。

 

そして、日野菜。

細かく刻んで、塩揉みし、醤油と酢と白ゴマで合えた。
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ご飯何杯もおかわりしてしまうほど美味しかった。

 

その日の晩ごはんでは、味噌汁に入れる青菜が冷蔵庫になかったので、あわてて畑の小松菜を一束とってきた。

うーむ、少しずつ畑に目鼻がついてきたぞ。

 

しかし肝心の夏野菜の苗はあまり大きくなっていかない。

去年の方がうまくいってるぞ。

なんでだ?温度が足りないのか?

軽トラ三国志~薪ストーバーも注目?軽トラ覇権争い

三国志

三國志とも書く。

 

古代中国を舞台に、魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備が三つ巴で覇権を争った、という有名な物語だ。

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物語、とはいってもそれぞれの登場人物は実在の人物であり、赤壁合肥など、合戦の舞台となった場所も実在する。

ただ諸葛孔明が呪術で嵐を起こしたとか、張飛がたった一人で橋の上で何百人もの兵士を食い止めたとか、悪来典韋が全身に矢を浴びて直立したまま絶命したとか、史実に脚色が加わったエピソードが多いので、どこまでが史実でどこまでが創作か、ちょっと訳がわからないことになっている(笑)。

まあ、とにかくだいたい後漢末期ごろ、董卓袁術袁紹曹操孫堅など、地方の有力な武将たちが覇権を争い、群雄割拠の様相を呈して戦乱の世になるのだが、そのなかで淘汰が繰り返され、ついには魏と呉と蜀の三つの国が拮抗する形となる(そのような状況になったのは弱小国である蜀が生き残るための諸葛孔明の戦略だが)。その状況を称して「三国志」なのであるが・・。

 

いきなり何を言い出すのか、とお思いの向きもあろうが、現在の軽トラ業界の状況がまさにこの「三国志」状態なのだ。そこで、概要をつかんでもらうために本当にざっくりと書いてみた。三国志ファンの方には物足りない、もしくはそれちょっと違うんじゃないの、的つっこみもあるかもしれないが、あくまでも今回の話題の中心は軽トラなので、ご了承願いたい。

 

さて、軽トラだ。

薪ストーブユーザーの中でも、自分で巻き集めをする人たちにはかなり魅力的な薪ストーブアイテムのひとつだ。

イニシャルコスト、ランニングコスト、どちらも薪ストーブグッズとしては最高ランクに位置する、まさに、高嶺の花。

そのため、なかなか購入に踏み切れないのも事実で、実際、僕も軽トラを取得したい気持ちはやまやまだったけど、なかなか、踏み切れないでいた。薪や原木を運ぶのに、普通の自家用車の荷台でもなんとかなっていた。

 

まあ、もちろん軽トラを自家用車として普段の足にも使っている家もあるだろうし、農家兼薪ストーブユーザーなら、家に軽トラの一台もあるだろうから、事情はそれぞれだ。

しかし、サラリーマンなど、普通の暮らしをして普通の自家用車に乗っている薪ストーブユーザーが、薪集めのためにわざわざ「エクストラ軽トラ」を所有するというのは、やはり一種の贅沢というものだろう。いや、夢というべきか。

 

そんな薪ストーブユーザー垂涎のアイテム、軽トラ。正直なところ、昔は全部同じだと思っていた。というか、全部同じに見えていた。

しかし、調べていくと、これがなかなか面白かった。

まず、かつて軽トラ業界には、8社9車種の軽トラが存在した。まさしく後漢末期の群雄割拠の状況だ。

全く同じものに思えていた、しかも素人目にはデザインにも違いが見受けられない軽トラにどうしてそんなにたくさん種類があるのか?と。

 

軽トラ群雄割拠期(1960~1988)

まず、軽トラがそれぞれの覇を競っていた、群雄割拠の時代から見ていこう。

 

現在、新車で買える軽トラは以下の8車種。

マツダスクラム

トヨタ・ピクシス

③三菱・ミニキャブ

④スバル・サンバー

⑤日産・NT100クリッパー

⑥ホンダ・アクティ

⑦スズキ・キャリー

ダイハツハイゼット

そして番外編的に

⑨三菱・ミニキャブミーブという電気自動車がある。

その歴史を少し紐解いていこう。

 

 現在の軽トラの系譜に連なるトラックが作られ始めたのは1950年ごろ、軽自動車の規格ができた頃だ。そしていまでも売られている車種は1960年代に登場する。

まず、1960年に名車ダイハツハイゼットが登場。1年遅れて、スズキのキャリィとスバルのサンバーが作られた。

少し遅れて三菱のミニキャブが1966年に登場。軽トラの世界はにわかに活況を呈し、群雄割拠の時代が始まる。

 

 まず注目したいのがスバルのサンバーだ

1.スバル・サンバートラック

スバルのサンバーは「農道のポルシェ」と呼ばれている。その理由は、ポルシェと同じくリアにエンジンを搭載している構造にある。

現在ほとんどの軽トラは前にエンジンを積んでいる。

軽トラがリアにエンジンを置くとどうなるか。それは空荷の時、船のバラスト水の役割を果たして、重量バランスが前がかりになりがちな軽トラの空荷での走りがぐぐっと安定するのだそうだ。その走りの安定性とこだわりの数々で隠れたファンも多く、配送会社の赤帽が一貫してこのスバル・サンバーを配送車に指定していることでもその実力が垣間見れる。恐るべし、農道のポルシェ。

しかし残念ながら、このリアエンジンの農道のポルシェは2012年で製造を終えた。現在購入できるスバル・サンバーについては後述する。この製造終了の報を受けて、多くのサンバーファンがリアエンジンタイプの最後のサンバーを駆け込みで購入したらしい。

なんと、薪ストーブ界のカリスマ、ファイヤーサイドのポールキャスナーさんもその一人で、目の覚めるような鮮やかな青いサンバーを購入しておられた(笑)。

 

 我こそは、と軽トラ界に次々に新しい車種が殴り込みをかけていたこの時期、今はなき車種も製造されては消えていった。まさしく群雄割拠の様相だ。

 

そして1977年にあの名車が登場する。そう、「農道のフェラーリ」と半ば冗談で言われた、本田技研のアクティトラックである。

2.ホンダ・アクティ

アクティはエンジンが車体の真ん中辺りにある。ミッドシップと言われる構造らしい。

そして貨物車としての軽トラの実力もさることながら、そんな貨物車でありながら走りへの飽くなき追求が詰め込まれている名車である。

1977年の初代(通称丸目のアクティ)、1988年からは2代目が登場する。1999年、20世紀が終わる頃まで製造されていたこの2代目アクティは、現在でも田舎ではよく見かける、バリバリの現役である。

薪ストーブの先輩の話では、この2代目アクティは構造が丈夫にできていたので、薪や原木をモリモリに載せても全然問題なかったそうだ。

スバルのサンバーのリアエンジンタイプが製造を終えた今、エンジンが前にないタイプの軽トラは実はこのアクティだけになる。

そして、生産台数ではキャリィとハイゼットに差をつけられているものの、現在でもオリジナルで製造を続ける軽トラ三国志の3国のうちの一つ、さしずめ劉備玄徳の「蜀」の位置にあるのがこのアクティなのである。

現在のアクティは4代目。

初代、2代目、4代目は基本構造が似ているが、セミキャブ方式を採用した3代目のみ、かなり独特のデザインと構造をしているようだ。

ここで、アクティを離れて、軽トラを選ぶ際の規準について書いてみる。

軽トラは、はっきり言って微妙なデザインの差以外、ほとんど違いが無いと言っていい。

しかし例えば同じ車名であっても大きく違う点がいくつかある。

軽トラの違いをおさらい

①エンジンの位置

さきほども書いたように、エンジンの位置の違いは大きい。しかし、2012年までのオリジナルのスバルのサンバーがリアエンジン、そしてホンダのアクティがミッドシップである以外、全ての軽トラがフロントエンジンを採用している。これは覚えやすいし、テストにもよく出るのでキチンと押さえたい(笑)。

 

 ②フルキャブORセミキャブ

軽トラにはキャブオーバーの方式の違いがある。かつて軽トラはすべてフルキャブ方式だったが、2000年代に一度安全規準の見直しからセミキャブ方式の軽トラが多く作られ、そしてまた現在、全ての軽トラがフルキャブ方式に戻った。現在新車で買える軽トラは全てフルキャブなので(新車なのに古株と覚える)、セミキャブ方式の軽トラがほしかったら中古車を探すしかない。

ではフルキャブとセミキャブは具体的にどう違うのか。

分かりやすくホンダアクティで比べてみよう。

3代目のセミキャブアクティはこれ↓。
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4代目のフルキャブアクティはこれ↓。
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何が違うか。それは、セミキャブは運転席より前にタイヤがあり、フルキャブは運転席の真下にタイヤがある、その違いだ。

それぞれのメリット、デメリットは、

セミキャブ・・メリットは安全性。運転席より前にあるタイヤがクッションになるので、正面衝突をしたときにまずタイヤがダメージを受けて運転席が守られる。デメリットは、運転席、特に足元が狭く、また小回りが効かないので、農道などの狭い道を運転しにくい。

フルキャブはメリット、デメリットがセミキャブとちょうど逆で、運転席が広くて小回りが効く代わりに、セミキャブより安全性が低い。現在販売されている新車のフルキャブ車は、最新技術で車体の剛性を高めて強化されているらしいが、それでもセミキャブ車のタイヤクッションの安全性には敵わないらしい。

ちなみにダイハツハイゼット、スバルのサンバー、トヨタのピクシスは一貫してフルキャブ方式で、セミキャブ車はない。

そしてホンダのアクティとスズキのキャリィなどは中古車を探す際、フルキャブとセミキャブが渾然一体となっているので、注意が必要だ。

 

OEM

軽トラ購入のための違いを知る最後のキーワードはOEMだ。OEMとはOriginal Equipment Manufacturerの略で、ようするに他社ブランドの製品を製造することだ。このOEM製造が始まる1989年から軽トラを巡る覇権争いの状況が大きく変わっていくので、その辺りを書いていこう。

 

軽トラOEM期(1989~2013)

それまで、自社のオリジナル軽トラの製造が中心で、基本的に自社の軽トラで業界のトップを勝ち取ろうと切磋琢磨していた(のかどうか、ただの妄想だが)軽トラ界に、1989年激震が走った(のかどうか知らないけど)。

マツダMAZDA) がスズキキャリィのOEM車であるスクラムトラックを発売したのだ。

これは、名前こそマツダスクラムだが、その中身はエンブレム以外はほぼ全てスズキのキャリィだ。つまり性能もキャリィに準ずるということだ。

自社での軽トラの開発をせずに、キャリィのモデルチェンジに合わせてマツダスクラムも同じようにモデルチェンジを繰り返した。

これは三国志的に捉えるなら、スズキ・キャリィ国に併合されたに等しいではないか(ほんと好き勝手書いて、本当にごめんなさいマツダの関係者さま)。

ロータリーエンジンの開発など、独自の路線を走り続けるマツダは、軽トラ界での覇権争いから真っ先に降りて、別の路線で勝負することにしたのだろう。このようにして、まず、スズキ・キャリィ国が領土を拡大していく。

そのことに待ったをかけるように2011年、あの世界のトヨタ自動車が軽トラを発売する。ピクシストラックだ。

しかし、このトヨタのピクシストラックは実はダイハツハイゼットOEM車であり、トヨタ帝国は実はダイハツハイゼット国に併合されていたのだ。

スズキキャリィ国に負けじ、と勢力を拡大していくダイハツハイゼット国。

販売台数でも、20世紀を通してスズキキャリィが販売台数日本一だったのだが、21世紀になってダイハツハイゼットがトップに立っている。個人的な想像だが、これは一貫してフルキャブ方式の利便性の高い軽トラを作り続けたからと言うのが理由の一つではないか、と思っている。というのは、キャリィやアクティなど多くの軽トラが、安全性のためにセミキャブ方式を採用した時期にダイハツハイゼットは頑なにフルキャブ方式を守り、その時期に販売台数トップに立っているからだ。

ともかくも、軽トラ界の覇権争いが、激化し、淘汰されつつある状況がはっきりしてきた。

さて、そんなこんなで2012年、さきほども書いたが、「農道のポルシェ」と言われて熱い支持を集めていたスバルのサンバーがついにダイハツハイゼットの軍門に下る。スバルサンバーがハイゼットOEM車となるのだ。1961年から続いてきた伝統のリアエンジン車が姿を消すことになる。まるで三国志において、正統なる有力者であった袁紹を筆頭とした袁家が曹操に滅ぼされた出来事を彷彿とさせます。

これで勢力図はかなりシンプルになってきた。

 

頑なにフルキャブ方式を貫き、トップに躍り出ようとしているアクロバティックなダイハツハイゼット

着実な足場で勢力を拡大していく、ベーシックなスズキキャリィ

完全な独自路線で孤高の道を行く、ミッドシップのホンダアクティ

 

そしてそこに三菱のミニキャブと日産のNT100クリッパーという勢力がまだ粘り強く対抗していたのだった。

1966年からほぼ半世紀の歴史を持つ、伝統ある三菱ミニキャブトラック。

日産のNT100クリッパーは2003年に登場したのだが、実は三菱ミニキャブOEM車だったのだ。三菱・日産連合軍は連合すること10年。しかし2013年についに日産が脱落し(と書くと感じ悪いですね、重ね重ねすみません)、ついで2014年には三菱ミニキャブも脱落。ともにスズキキャリィの傘下に入ることになったのだ。

ちなみに三菱ミニキャブは2011年にミニキャブミーブという軽トラの電気自動車を発売している。家庭電源でのフル充電で100キロ以上走れるので、農家などで長距離を走らないなら充分すぎる性能だったのではないだろうか。三菱自動車の燃費偽装事件がきっかけで製造を中止しているのが惜しまれる。

 

軽トラ三国志期(2014~現在)

さて、2014年に三菱ミニキャブがスズキキャリィのOEM車となったことで、ついに三国志状態になった軽トラ界。

 

悪のりついでに書いておくと、その三国は以下のようにあてはめられる。

 

魏の曹操を彷彿とさせるダイハツハイゼット

呉の孫権を思わせるスズキキャリィ

蜀の劉備のようなホンダアクティ

 

2018年現在の状態を書いておこう。

魏のダイハツハイゼット

まず魏の曹操を彷彿とさせるダイハツハイゼット

頑ななフルキャブ方式を貫き、販売台数でトップに立ったハイゼットは、トヨタのピクシストラック、スバルのサンバートラックを傘下に修め、ハイゼット三兄弟と呼ばれる鉄壁の布陣を敷いている。

現在のハイゼットはいままでの軽トラの常識を打ち壊すようなカラーバリエーションを揃え、若者や女性の心をがっちり掴んでいるように思われる。コストダウンと後の補修の簡素化のため、基本的には白い軽トラが多く、青や紺や黒など渋い色の軽トラはグレードが高いモデルでしか選べない軽トラ界にあって、ハイゼットのカラーバリエーションは驚きに値する。そして、ハイゼットジャンボ、という座席の後ろにスペースがあるモデルもとても人気があるようだ。魏の曹操顔負けに常識に捕らわれないやり方で、このまま軽トラ界のトップに君臨し続けるのか、注目だ。

 

 呉のスズキキャリィ

魏のダイハツハイゼットと比べると、やや地味な印象のキャリィだが、まさに呉の孫権のような着実な方法で力をつけてきたように思う。

長い間、日本でもっとも売れていた軽トラだけのことはあり、日本中どこの整備屋さんにいっても修理の部品とノウハウがあるそうだ。もともと実用一辺倒の軽トラだけあって、長く確実に使える方がいいという人は多い。そのため、地味に使いやすく、地味に中古車が多いスズキキャリィは根強い人気がある。その根強さは、マツダスクラム、日産クリッパー、三菱ミニキャブ、と次々と傘下に修めていったことでも分かる。

つい最近ではスーパーキャリィという座席の後部の広いモデルが発売になるようで、ハイゼットジャンボとのガチンコの競合が起きること必至だ。

スーパーキャリイ 近日発売! | スズキ

 個人的には、最新型のスズキキャリィの紺色のモデルが、軽トラ版のジムニーのようでなかなか素敵だと思っている。
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↑これが最新型のキャリィの紺色

 

蜀のホンダアクティ

さて、最後にホンダアクティだ。販売台数ではキャリィやハイゼットに遅れをとっているものの、魅力的な軽トラであることには違いはない。なにより、群雄割拠の高度経済成長期から平成が終わらんとする今日まで、粘り強く独自の軽トラを作り続けてきたことはものすごいことだ。

エンジンの位置からして独自路線を貫くホンダアクティだが、もう一つ、ホンダアクティには独自のシステムがある。それがリアルタイム4WD方式だ。

現在の軽トラはパートタイム4WD方式のものがほとんどだ。パートタイム、つまり、普段は燃費のよい2WDで走って、雪道や悪路など4WDで走りたいときには、手動で(スイッチやレバーで)切り替えることができるというもの。

しかしホンダアクティは昔からリアルタイム4WD方式を採用している。これはタイヤがスリップ時だけ自動的に4WDに切り替わるというものだ。

燃費のことを考えれば、本当に必要な時だけ四駆になるのでもっとも無駄がないといえる。

制御しているコンピューターがおかしくならない限りにおいて、だが(笑)。

ホンダアクティは他の会社のOEM車になっているものがない。あまりにマニアックなそのコンセプトがそうさせるのか?それとも何か自動車業界のしがらみでもあるのか。

アクティはアクティだけなのだ。

 

三国志の歴史では、まず諸葛孔明が亡くなったあとに蜀が衰退し滅亡。後に粘りに粘った挙げ句、呉も滅ぼされて魏が勝利を収めるものの、その魏もまた別の王朝にとって代わられる。

 

実際の軽トラ界はこれからどのような歴史をたどるのだろうか?

無理矢理三国志に当てはめて長々と書いてきた軽トラの歴史はこれにて一応おしまい。

なぜこんなことを書いたかというと、僕も軽トラを取得することになったからなのだ。

さて、ここまで書いた挙げ句に一体いつの時代の何をの車種を選んだのか、それは次回また改めて書くことにする。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

薪ストーブ始生代107 ネスターマーティンを端材だけで焚いてみる。そして、原生林について

ほんの数日だったが、急に寒い日が戻ってきた。

薪ストーブを焚かなくても過ごせなくはないが、ちょうど割っていた端材が少しあったので、夜の数時間、薪ストーブとともに過ごすことにした。
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外気温はぐんぐん下がり、夜明けには一桁、しかも5℃を下回ってかなり寒くなっていた。

寝る前の8時、9時代も外気温は10℃以下、保温性の高い室内でさえ18℃くらいまで下がり(まあ充分暖かいけど)、「なんかいつもより肌寒いねぇ」ということで焚き付けをスタートしたのだった。

 

焚き付け材は細かく割った端材。

だいたい細かいものが、10本~15本ほど。

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↑こんな感じの焚き付け材だ。

 

で、しっかりネスターマーティンの鋳物を温めて、約45分で巡航運転に達する。


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その時点で、結構暖かくなってきているので、少し太めに割った端材を数本入れれば、それでお腹いっぱいだ。

ナラやくぬぎなどの広葉樹は、この時期はお呼びじゃない。それどころか、針葉樹の薪さえ使わず、ひたすら廃材や端材だけで暖まる。

それだけで充分だ。火持ちが良い良質の薪は部屋をガツンと温めるので、この時期の室温だとやや暑くなりすぎるきらいがある。

 

ただ、これはあくまでもネスターマーティンという、やや構造が独特の薪ストーブだからこそできるのかもしれない。他のストーブのことはよく分からないが、ファイヤーピットさんも以下の記事のように書いておられる。

 廃材だけでは絶対に無理 | 函館の薪ストーブ屋 ファイヤピット 熾壺日記

 

前にも書いたのでしつこいかも知れないが、端材や廃材だけで薪ストーブをコントロールするのは、本当はとても難しいらしい。

しかし、ネスターマーティンという薪ストーブは、プリヒーティング(あらかじめ温められた)非常に少ない空気で焚く構造なので、廃材、端材のようにパッと燃え付きてしまいそうなものでも、結構じわじわと燃えてくれて、いい感じで「あったけー」になるのである。

その日の寒さに応じて2、3時間焚く。

お風呂上がりに部屋がポカポカなのは、この時期は何気にありがたいのだ。

 

五月になってまで薪の使いすぎを気にせず、余り物の端材たちだけでこれだけ暖がとれるのは、薪貧乏の我が家には助かっている。

 

おまけ:

ここ最近、また山に入る事が多い。

毎日同じ山を登るのだが、なかなか面白いものが見られる。

ある日、その場所は濃霧が立ち込めていた。こんな感じ。
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水墨画の世界と言うか、なんというか。

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幽玄な雰囲気だ。かなり山深い場所で、この周辺には植林された針葉樹は1本もなかった。ひたすらブナが生い茂り、原生林と呼びたくなる。

天気の良い日に同じ場所を歩くと、こんな感じになってた。
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 おお、なんかかっちょええなぁ。

しかし同じ場所とは思えないくらい、ガラリと雰囲気が変わった。日本の山にも、人が入りにくい場所にはこのような原生林がまだたくさんあるのだろうか?

 

さて、では原生林ってそもそもなんだろうか、と調べてみた。厳密にいうと、「原生林」というのは結構難しいものらしく、植物の集まりが徐々に発達を遂げて(遷移と言う)、次第に森林になっていく。森林というは植物の集まりの形態としてはものすごく完成された状態だそうで、突き詰めた森林の状態の事を極相(極相林)と呼ぶのだそうだ。

その極相林が、人の手での伐採や災害による破壊を長年免れ続け、次第に高木化し、落ち葉や枯れ木などで土壌がより深く肥沃になっていき、さらに突き詰められた状態で保たれている森林を初めて原生林と呼んでいいのだそうだ。

 

その意味では、僕が出会ったブナの森林は、原生林と呼ぶにはまだ大径木が少ないのだろうか。

 

破壊を免れて、いつか堂々たる原生林に育ってほしいと思った。

 

しかし、薪ストーバーがつい考えてしまうのは、こんな天然のブナの木だと、極上の薪になるのだろうなぁ(笑)とか、そういう事だ。

仮に伐採したところで、こんな山深いところから下界まで持って降りるのは不可能に近いが・・・。

原木椎茸栽培への道~ついに本伏せ

くぬぎの風倒木処理の際に、頃合いの太さの原木が出たので、原木椎茸栽培に挑戦した。

 

まず、1月末に菌打ちをした。

原木椎茸となめこを育てる~きのこの菌打ちをする - 薪ストーブクロニクル

これは完全に時期を間違えた。

まだ厳冬期に入る前の12月か、もしくは寒さが落ち着く2月後半ごろに菌打ちするのがいいらしい。気温が5℃を下回ると椎茸の菌は活動を止めてしまうから、というのがその理由。

 まあ、それよりさらに良くないのは乾燥だそうだ。乾燥しすぎると菌が死ぬらしい。そうならないように雨がかかる場所に置くか、どきどき水をかけてあげるといい。

 

そして、2月に仮伏せした。

原木椎茸の仮伏せ~冷やさないように、乾かさないように - 薪ストーブクロニクル

仮伏せして、原木の中に打ち込んだ菌を全体に回るようにしていくようだ。

 

原木栽培の工程としては、このあと梅雨入りするまでに本伏せして、太陽が当たらない場所で雨があたる場所にずっと置いておくのだ。

 

日が当たらなくて雨がかかる場所・・・

さあ、どこに置こう。

本当は、山の中に置いておくのが、雨は降るし、日の光は木陰が適度に遮ってくれるのでベストなのだが、山の中までは目が届かないので、家の敷地内になんとか場所を確保したい。

椎茸が出るのは来年の秋以降の予定なので、まだまだ気の長い話だが、椎茸が出始めたら、すぐに収穫ができる方がいいので、やはり近いに越したことはない。

 

で、結局、離れの裏にある藪の中を切り開いて場所を作ることにした。

鬱蒼と茂る雑草をやけくそでむしりとって、こんな感じの場所を作った。
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ここは普段、コンテナに入れた焚き付け材などを置いておく場所だ。

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こんな感じで、焚き付け満載のコンテナや短めの薪などを積み上げている。

 

その近辺は、藪になっていて死に地だったので、うまく使えたらなぁと思っていたのだ。

さて、このままだと、まだ西日があたるので、タープを張って、原木を置く足場を作っった。
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そこに、原木をセットしたらこんな感じになった。
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ちょっと原木の傾き角度がゆるやかな気もするが、まあ、このまま置いておけば、いつか椎茸(となめこ)が出てきてくれるはずだ。
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 気長に待とう。

 

さて、5月になって見事に薪ストーブを焚くことがなくなった。

散々焚いてきたのだが、焚かなくなると途端に身近に火のあった暮らしが恋しくなってきた。

この冬に焚き続けてストックが空になった薪置き場に、また薪を並べ始めた。
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燃えやすい小割り、状態のよいくぬぎ限定で並べてみて、ちょっと見映えを良くしてみた。これではまだ量が少ないので、よさげなくぬぎはこっちに並べて見映えのよい「見せ薪」を通りの人にも見ていただけたら、と思っている。まあ、田舎なので通行人はほとんどいないのだが(笑)。

薪ストーブ始生代106 マーマレードと薪ストーブ

我が家では春の訪れを告げる行事として、マーマレード作りがある。

毎日食べるわけではないので、それほど大量には作らないが、それでも甘夏2キロ分、ジャムにして3キロ前後の甘夏マーマレードになる。

 

甘夏はマーマレードに関しては、無農薬栽培のものが好ましい。皮が主役だからだ。
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皮をむいて、実は後で使うので、別にしておく。
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そして、まず皮だけをゆでこぼす。

レシピを読むと、「皮を浸るくらいの水の鍋に入れて火にかけ、沸騰したら慌ててザルにあける」という、ややユニークな表現でそのゆでこぼし方が説明されている(笑)。

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よく見えないけど、茹であがった。

 

さて、ここから茹でた皮を食べやすい薄さに刻んでいくのだが、この作業がかなりつらい。
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気合いを入れるためには、BGMが重要だ。

マーマレードの皮を刻む音楽は、この人に決定。
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マイコーの正確無比なビートと、不必要なほどの緊張感をはらんだボーカル。

柑橘の皮をひたすら刻むのにこれほど適した音楽も他になかろう。

 

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というわけで、二キロ分の皮を刻み終えて、下ごしらえ完了。

 

ここから本当は皮を水に浸けたまま一晩置いておく。

 

のだけど、朝にこの作業をしたので、夕方に再びマーマレード作りを再開する。

 


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近所のおっちゃんにもらった酸っぱい夏みかんは、皮が固すぎてマーマレードには向かないので、絞って夏みかんジュースを作った。

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一部はマーマレード作りに利用し、残りは空のスコッチのビンに移しかえておく。
 

さて、ここからが本番。
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甘夏の実を細かく刻んで、鍋に入れて弱火で煮る。


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煮ていくと、だんだん水気が出てくる。


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種もペクチンをたっぷり含んでいるので、とろみをつけるために一緒に煮た方がいい。

ただ、適当に種ごとぶちこむと、僕たちのように後で必死で取りのぞかないといけなくなるので(笑)、お茶っ葉を入れる袋にでも入れて一緒に煮ると、後が楽だ。

 

さて、そうこうしているうちに、日が暮れてきた。

皮と砂糖を入れて、さらに煮込むのだけど、少し肌寒いのでストーブに火を入れて、ストーブトップで最後の煮詰めをすることにした。
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ちなみに砂糖は甘夏の重さの65%にしてみた。甘夏が二キロなので、砂糖は1.3キロだ。

 

さすがにもう春本番肌寒いとはいえど、ストーブをつければ、部屋はすぐにポカポカだ。

 

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好みの固さに仕上がったら、あとは瓶詰め。

あらかじめ煮沸しておいたビンに、ギリギリまでマーマレードを入れ、逆さ向けておくことで完全に密封した状態を作り出す。

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全部で10ビンほどできた。

 

ジャムのなかでも飽きの来にくいマーマレード。

美味しいバターとこの手作りマーマレードをたっぷり塗った焼きたてのパンを食べるのは、文字通り至福のひとときだ。

 

しかし、まあマーマレードは手間がかかる。時間に余裕を持って、心して作る、春の恒例行事、無事終了。少しホッとした。

薪ストーブ始生代105 崩れた薪棚を修復

ついこの間の記事で書いたばかりだが、春の嵐で薪が崩れた。単管パイプで作成した薪棚に積んでいたものだ。
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派手に崩れたのだが、幸い屋根のある方に全部崩れたので雨ざらしになることはなかった。
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しかし突風くらいで崩れていては、台風シーズンを乗り切れるわけがない。つまり、積み方に難があったということだろう。

 

積み方を変えてみよう。井桁に積むのも、まだ技術が不完全だとの自覚がある。

田舎道を車で走っていると、実に見事に井桁に積んでいる薪棚をよく見かけるが、あのような隙のない薪棚を作るコツはどのようなものだろうか。

まあ、実践あるのみ、だ。

 

というわけで、ある晴れた休日、再び茶畑山にやってきた。

 

とりあえず、崩れた薪をすべてどけて、今度は2列にして並べてみた。
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上まで一気に積み上げると崩れやすくなってしまったので、今度は2列で所々お互いに支えあって崩れにくくしてみた。

 

そのまま、薪割りを続けて、さらに積んでいく。
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正面から見るとこんな感じだ。
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分かりにくいかもしれないが、真ん中に風穴を開けてみた。
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 乾燥が早くなる、とのもっぱらの噂だが、さて、どれくらいの穴を開けたらいいのか、どれくらいの大きさがいいのか、強度はどうなるのか?

全然わからない。

とにかく、何事もやってみて、実際に様子を見てみよう。

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 この日はここまで積んで終了。

まだまだ割るべきくぬぎの玉がたくさんあるので、この単管パイプの薪棚に四列並べて積み上げる予定だ。

 

真夏日になった地域もあったこの日。

恐ろしく暑かったので、昼ごはんにタイ風ラーメンを食べた。

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そのままだとあまりにもジャンキーなので、畑から育ち始めた間引き野菜を収穫してきて、
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適当に切ってラーメンに乗せて食べた。
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間引き野菜は、春と秋のつなぎ野菜として最適だ。収穫したては、生でもうまい。

ちなみに、紫色の大根の間引き菜のような野菜は日野菜である。

 

美味しい日野菜漬けが食べたい。

春の恵みで身体のデトックス~ヤブカンゾウ、タケノコ、コシアブラ、こごみ、タラの芽

以前にもふきのとうの天ぷらでフィーバーした話を載せた。フキノトウ、それは道端になんぼでも生えている食べきれないほどのごちそう - 薪ストーブクロニクル

 

しかししかし、春の野がもたらす恩恵はこれからが本番だ。残念ながら土筆は採りそこねたが、まだまだつづく春の収穫。

 

春の野草や山菜は薪ストーブと感覚的に似てるなぁと思う。手間を惜しまずに探せば、お金をかけずに幸せになれる、という点が薪集めに似ているからだ。

 

というわけで、春の山菜探しはとても楽しい。性に合っている気がする。

 

1.ヤブカンゾウ

まず始めは庭に生えてきたヤブカンゾウだ。
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適当に収穫して、これはうちの奥さんがホタルイカやおあげさんと一緒にヌタにしてくれた。
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ヌタはわけぎでも美味しいけど、ヤブカンゾウもなかなかいける。ヤブカンゾウのキュッキュッという食感がおもしろい。しかし、特別な美味しさというものではなく、まあ、庭に生えてるから食べた、というレベルの野草であることは否めない。

 

世の中には、もっと美味しい山菜や野草がある。

 

2.タケノコ

次はタケノコだ。

まあ、山菜というには無理があるが、タケノコはお隣のおっちゃんの裏庭に生えてきたものを収穫させてもらった。
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はい掘れたー

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よく、そのままのタケノコは下処理が大変だと敬遠されがちだが、実はあく抜きは割りと適当でもオッケーだ。
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皮を大胆に剥いて、
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水にヌカと剥いたタケノコをぶちこんでゆがき 沸騰してから弱火で一時間。そのまま一晩放置するだけでばっちりあく抜きできる。

大きめのは二つ割り、四つ割りにして湯がく。

あとは毎日水を変えるだけだ。

 

タケノコはワカメと炊いたり、タケノコご飯にしたり、春巻きにしたり、最後はキーマカレーの具にして食べまくった。本当に美味しかった。

 

さて、お次は急に本格的になる。

 

3.コシアブラ、こごみ、タラの芽

山菜の王様とも言われるコシアブラ

暖かい日がつづくとあっという間に大きくなる上に、人気があるので採りやすい場所ではすぐに争奪戦になる。

かといって、採りにくい木の上のものはなかなか収穫できない。

 

しかし、最近毎日のように山に行くことがあり、コシアブラを成長に合わせて何日も食べる機会に恵まれた。


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上の画像はコシアブラの成長の様子だ。新芽が出る前のつぼみの状態から、葉が出始めた状態まで、色々な状態のものだ。

本来はこのような小さいものは、もう少し置いて大きくするのだろうが、見つけたコシアブラが倒木で、放置しても鹿さんのごはんになるので、少しいただくことにした。

葉っぱが出始めた状態のコシアブラを通の間では「ふで」と呼んで珍重するらしい。

この「ふで」を桜えびと一緒にかき揚げにした。
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さらに、コシアブラのペペロンチーノ。

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このペペロンチーノには、我が家の畑で奇跡的に育った春キャベツも入れた。
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最高に美味しかった。

 

コシアブラと一緒に、こごみやタラの芽の天ぷらも食べた。
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春の恵みを、120%堪能だ。

コシアブラやタラの芽など、山菜の類いは本当に天ぷらがうまい。

 

すこーしだけほろ苦いが、そのほろ苦さが、冬の間にたまった毒素をデトックスしてくれるのだ。

食べないわけにはいかないだろう。

 

まだ肌寒い夜には、我が家のネスターマーティンS33に、端材や針葉樹を入れてちょろっとだけ焚いて、ポカポカしながら春の恵みを食べる。

素敵すぎる晩餐だ。

 

他になにか必要なものがあるだろうか。